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2013/07/01

中国経済の驚異的な成長の背景と日本企業との関わり

山田ビジネスコンサルティング㈱

2010年に中国の名目GDPは日本を抜いて世界第2位になりました。20年前の名目GDPと較べると11倍強という驚異的な成長です。最近は経済が減速しているとはいえ、これまでの成長速度を考えれば、ある意味では自然です。経済発展する一方で多くの問題も発生しており、今後はその対処も必要になってきます。本コラムでは、中国経済が拡大してきた過程に着目しながら、日本企業との関わりをご紹介いたします。

1. 国際都市上海

まずは、1930年代の上海を描いた、金子光晴という詩人のエッセイ「どくろ杯(はい)」の文章から、「・・・今日でも上海は、漆喰と煉瓦と、赤甍(あかいらか)の屋根とでできた、横ひろがりにひろがっただけの、なんの面白味もない街ではあるが、雑多な風俗の混淆や、世界の屑、ながれものの落ちてあつまるところとしてのやくざな魅力で衆目を寄せ、干いた赤いかさぶたのようにそれはつづいていた。・・・」。
光景は大分変わっていますが、2013年の今の上海も雑多な風俗があふれ、世界各国からの企業・人の流入が続き国際都市としての耀きをはなっています。日本では中国悲観論が増えつつありますが、100年近い、歳月を経て再興していく中国・上海の勢いは未だ衰えていないというのが実感です。
上海が歴史の表舞台に登場したのは200年そこそこなのですが、以来、中国の経済の中心であり、また、中国の権力を掌握している中国共産党誕生の地でもあります。
現在の行政区画としての上海市の面積は6,340Km2で群馬県とほぼ同じ、東京の3倍です。人口は2,340万人、そのうち日本人は5万人住み、短期滞在者を含めると10万人以上いるといわれています。
上海市の一人あたりGDPは2012年で8万元(約1万3千ドル)を超えていますので、4万5千ドルを超える日本におよばないものの、マレーシアに並ぶ水準です。

2. 上海で活動する外資系企業

この都市で活動する外資系企業数の本当の数はつかめませんが、上海市の調べでは2,3年前で約3万3千社、うち日系企業は8千社を超えています。中国に進出している日系企業は2万2千社といわれていますから、約4割が上海に集中していることになります。
上海では外資系企業の「生存率」(経営活動を行う企業数/設立認可数)が58.7%(2009年末時点、上海市商務委員会発表)と全国平均を20ポイント以上も上回るとのことですので、他の地域よりは経営が上手くいく確率が高いということでしょうか。ひょっとしたら、それは、中国の地域毎の風土に影響しているのかもしれません。やりにくいといわれる中国ビジネスの中で、比較的、ビジネス・ライクで透明な取引がしやすい都市の上海は昔からの国際的な都市に住む人々の気質があったからともいえるでしょう。
国際都市、上海に進出した企業とはどのような企業かといえば、上海市の外資企業売上高ベスト100(2009年7月 上海市商務委員会発表)では1位が功達(上海)電脳有限公司(世界のノートPCの1/4を製造する台湾のQuantaの子会社)、2位が上海通用汽車有限公司(GMの子会社)、3位が上海大衆汽車(フォルクスワーゲンの子会社)と続き、上位100社(全体の0.3%程度)で上海にある外資系企業の売上の4割を占めているとのことです。首位の功達(上海)電脳有限公司の売上高は990億元(日本円で1兆4千億円強、 2008年平均レート1元=14.5円で計算)と公表されています。
残念ながら、日系企業のトップは23位にコマツ(中国)投資有限公司、25位にパナソニックと、香港・台湾や欧米系の企業と較べると後塵を拝している状況です。ご参考までに、以下に2009年時点での外資企業売上高100位以内の日系企業名を列記します。

<上海市の外資系企業売上トップ100位以内の日系企業(2009年)>
コマツ(中国)投資有限公司(23位)、パナソニック電器機電(中国)有限公司(25位)、宝鋼新日鉄自動車板有限公司(37位)、シャープ商貿(中国)有限公司(42位)、上海三菱エレベータ有限公司(43位)、日立建機(上海)有限公司(48位)、上海伊藤忠商事有限公司(59位)、ダイキン空調(上海)有限公司(61位)、三菱商事(上海)有限公司(64位)、豊田通商(上海)有限公司(66位、)上海パナソニックプラズマ顕示器有限公司(78位)、上海索広映像有限公司(86位)、ブリヂストン(中国)投資有限公司(97位)

3. ストライキに見舞われる日系企業

ところで、有難くないことにストライキの発生率では日系企業が高いようです。それもこのようなトラブルは、はるか昔からあるようなのです。1900年代前半は、上海には欧米諸国が借り上げをした租界という地域があり、多くの外国人が生活をしていました。そこは中国の主権が及ばない治外法権の特殊な場所でもありました。
この地に住んだ日本人は、多いときには十万人にもなったのですが、中国人やその他の外国人との交流はそれほど盛んではなかったようです。特に、1915年に日本が対華21か条要求を出し、中国における日本の権益を拡大しようとするナショナリズムが強まるとともに、上海において日本は突出した存在となっていったようです。そのような中、1925年5月に日本人経営の紡績工場(内外棉会社)での日本人による中国人労働者殴打事件から起きたストライキに端を発して全市規模のゼネストが発生しました。日本と中国のナショナリズムが衝突し、その後は、上海事変(1932年1月)、日中戦争(1937年7月~1945年8月)に突きすすむことになりました。
日中戦争後の日中国交回復を経て、1990年代以降、日系企業の進出が盛んになり、このような悲しい歴史が風化したと思われた、2005年にはカネボウ化粧品で日本人経営者に反発して大量の出勤拒否が発生したことが報道されています。戦前は売上で日本最大級の企業のひとつであり、上海を大根拠地としていたカネボウがストライキの洗礼に会ったのです。

4. 戦前から続く閉鎖的なカルチャー

また、2013年には上海で25年の歴史を持つ日系企業がストライキの対象となりました。その原因として、マスコミや識者は企業活動だけに着目し、日系企業の現地化対応の遅れや経営のまずさにあると指摘するのですが、はたしてそうでしょうか。年月を経ても、日系企業でストライキが繰り返し起こるのは、日系企業の持つ閉鎖的なカルチャーが過去と変わっておらず、色々なところでコミュニケーションの断絶や摩擦を起しているからではないでしょうか。それゆえ国際都市の上海でも根底では受け入れられていないのではないかと思えてなりません。日本と中国は文化的には一衣帯水の関係でありながら、全く、それとは逆の現実があることを見逃してはならないと思います。
他の外国から見れば、同じアジアの台湾系企業でも韓国系企業でもトラブルは多いのに、何故、日系企業は上手く処理できないのか不思議ということにもなります。「歴史認識」もさることながら、日系企業は、自分達のカルチャーの特殊性も認識して、決して先人の轍を踏む事のないように、周到な準備をして中国で活動をすべきであると考えます。

宮田顯

山田ビジネスコンサルティング㈱
中国事業部部長

宮田顯

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